遅ればせながらライブの記録。
不完全だけどこのままローカルで朽ちていくのは
なんだか精神衛生上よろしくないので放出。
2008年5月20日(火)@木屋町UrBANGUILD
キツネの嫁入りpresents
スキマ産業vol.12~元アラブストラップ マルコム・ミドルトン来京~
出演
マルコムミドルトン(Malcolm Middleton)
キツネの嫁入り
ヒラノミドリ
deadphones
またまた、音楽に身を投じてきた。
恒例のスキマ産業。
僕にとってのスキマ産業はこれで4回目となる。
○ヒラノミドリ さんのステージ。
残念ながら途中からしか見れず。
声とピアノがループされる。
丹念に丹念に音が重ねられていき、
反復の度に音は色を少しずつ変えていく。
1人でゼロから音景色を作り上げてく過程。
こういう生演奏もあるのか。
おいしい音楽でした。
○キツネの嫁入りさんのステージ
バンドは人間の集まり。
人は変化していく存在。
だからそのステージも変化していく。
今回は、ドラムと木琴が導入されていた。
大いなる予感に満ちたステージ。
これから洗練されていく過程が楽しみ。
僕が思うこのキツネの嫁入りの音楽の好きなところ。
音のバランスのとれた配置が好き。
彼らの音楽を凝視ではなく俯瞰して聴く。
全体像を楽しむ。
スキマ産業、次回、次々回も楽しみだ。
May 22, 2008
スキマ産業vol.12元アラブストラップ マルコム・ミドルトン来京
May 18, 2008
Rachael Dadd + Naoto Kawate [Bird's Nest Tour 2008]
5月16日(金)大阪・martha w/ POPO
5月17日(土)京都・UrBANGUILD w/ Fake fur underground, Water Fai
二夜連続で音楽に身を投じてきた。
彼らの音楽とは3月の京都yugueのライブで出会った。
マイクもアンプも一切使わない完全生音の演奏だった。
彼らの音楽性の地に触れた気がした。
あの空気はちょっと忘れらない。
時折あの夜に帰りたいとさえ思う。
特にRachael Daddの音楽は衝撃だった。
その場で音源を3枚入手し、これまで彼女の音楽を常用してきた。
英ブリストルから日本にやってきて、長期滞在している彼女は
活動の場を一時的に日本に移している。
また、彼女は音楽だけでなく刺繍、版画も表現手段としている。
敦賀のpinon pinonで開催中の彼女の個展にも足を運んだ。
音楽作品と同様に刺繍、版画作品も素晴らしいと思った。
生まれて初めて絵を購入した。
そして、彼らの2回目のツアーが始まった。
演奏の場において、音楽家から発信された音楽を
オーディエンスは自身のアンテナでキャッチする。
初対面の音楽の場合、周波数を合わせるのに時間を要したり、困難だったりする。
しかし、2度目からはその周波数の調整は容易に行えるものだ。
それゆえ、また違った楽しみ方ができた。
川手さんの音楽。
Rachaelさんの音楽。
テレビからはあまり流れてはこないだろうけど、私の好きな音楽だった。
普段何気なく使っている「心が洗われる」という慣用句を本当の意味で体験した。
本当に脳が洗浄される感覚があった。
(前に見たウーネリーズのライブでは「リズムに乗る」という慣用句を真に理解した。
うごめく何かに乗っている感覚が本当にあった。)
社交性に欠ける僕だけど、ライブ後に出演者とがんばって話してみた。
ライブに行くこと、音源を買うという行為自体が彼らの音楽を支持している
何よりの意思表示になる。
だけど、特別な演奏に対しては一言でいいから直接伝えたいと
最近考えるようになった。
しかし、Rachaelさんに対しては英会話の問題がある。
でも何とかなった。
細かな気持ちは説明できないので、
言葉になる前の感情の塊を、
直接伝えることに主眼を置いた。
あと、絵を描いてもらったり、
バンジョーの手解きを受けたり、
身振り手振りの言葉以外の手段を駆使した。
最後に絵をくれた。これは本当にうれしかった。
言葉のやり取りは破綻していたけど、
感情のやり取りは成立していたので、きっと肝心な部分は伝わったと思う。
こちらに本当に伝えたいという気持ちがあって、向うが扉を開いてくれていれば、
たどたどしいけど大事な部分は伝わるんだと思った。
同じ言語を話し、同じ世代の人でも、全く心が通じない人はいるものだ。
こちらの伝えたい気持ちがむなしく宙を舞う。
大学の時はそれを何度も経験した。
言語の問題ではないと思う。文化の違いが問題なのだと思う。
また、言葉によるコミュニケーションにおいては
観念を言葉に変換する時に、絶対変換ロスが発生するので、
完璧なものではないと思う。
様々な感情に完全対応する言葉が常に使えるわけではない。
これは、芸術的感動など主観的なことを伝える時に顕著であると思う。
実在するかは不明だが観念を直接やり取りするテレパシーが
コミュニケーション手段の究極なんだろうと思う。
話は戻って、ライブ後に好きでよく利用するお店の方、
興味があったが今まではただ品物と代金を交換するだけの関係だった人たちと
彼らの音楽をきっかけに少しだけ会話ができた。
これはうれしい副産物だった。
また、うれしいことに、9月に再来日、そして再度の長期滞在を予定しているとのこと。
また、演奏を聴くことができる。
これは極めて幸運なことだ。
好きな海外ミュージシャンの生演奏を一生の中で1回だけでも
聴くことができたら、それは幸せなことだと思うからだ。
